テロ偽装とテロ本物いずれも犯人射殺5 SAT初出動

1979年1月26日、猟銃で武装した30歳の梅川昭美が大阪市住吉区にある三菱銀行北畠支店を襲撃する。銀行員2人を射殺、駆けつけた阿倍野署警ら係長警部補と住吉署警ら課巡査の2人も射殺、さらに第2方面機動警ら隊員に発砲、負傷させた。さらに人質に猟奇的、残忍な危害を加え、愛媛県から連れて来た母親の説得も聞かなかった。

 

大阪府警察警備部(三井一正警備部長)は機動隊とともに、「特別狙撃隊」と偽装して、対テロ特殊部隊「第2機動隊 零中隊」(現・SAT)を派遣する。

 

新田勇刑事部長と坂本房敏刑事部捜査第一課長の進言で、吉田六郎大阪府警察本部長が犯人の梅川の射殺を決断する。1月28日午前8時に第2機動隊の松原和彦警部指揮の下、「特別狙撃隊」32人を投入、犯人・梅川昭美を45口径拳銃で射殺した。

 

 

 

 

1979年1月26日

 

14時30分、大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店に男が入る。


        天井に猟銃を発射。

 

        銀行内に行員34人、客17人。


        窓口係Aさん射殺される。


3人が脱出、通りがかった住吉署警ら係長B警部補に通報。


        B警部補、行内に進入、威嚇射撃。


        男、B警部補を射殺。


指令を受けた阿倍野警察署警ら2係パトカー「阿倍野1号」現場に到着


        C巡査、行内へ入るとすぐに射殺される


        大阪府警察第2方面機動警ら隊第1中隊第2小隊長D警部補、

        至近距離から発砲されるも防弾チョッキに命中、助かる

 


15時05分、府警幹部到着

 


15時10分、住吉署長による突入作戦、府警幹部から中止命令

 


15時30分、警察官636人、車両113台で包囲完了

 


16時50分、Eさん銃撃を受け負傷。犯人、Eさんが死んだふりをしていると激怒。行員FさんにEさんの耳をナイフでえぐらせる

 


17時30分、京都での近畿警察本部長会議から吉田六郎大阪府警本部長到着

中部管区警察局での捜査会議から坂本房敏捜査1課長、伊藤忠郎捜査1課管理官到着

 


18時40分、対テロ特殊部隊である大阪府警第2機動隊零中隊(現SAT)が「特別狙撃隊」として銀行2階に進入。

 

 


18時45分、捜査1課特殊犯捜査係捜査員がドリルでシャッターに穴を開ける。

 


22時45分、強行突破を本部長が了承 突入部隊指揮官は第2機動隊の松原和彦警部

 


23時35分、警察庁刑事調査官田村隆司警視、現場到着

 

 

 

1979年1月27日

 

 

00時00分 「特別狙撃隊」突入直前、犯人が自分の回りに人質を360度に配置

        さらに机やキャビネットでバリゲードを築く

第2機動隊の松原警部「犯人射殺は可能、人質に負傷者が出る可能性は否定できない」旨を吉田府警本部長、新田勇刑事部長、三井一正警備部長に伝える

突入中止 

 

 

26日14時50分に銃撃された森岡浩司支店長の死亡を確認



00時45分 岐阜県警多治見警察署が窃盗犯を逮捕
窃盗犯は「銀行強盗事件犯人は小学校同級生の梅川昭美で、自分は逃走用車両を窃盗」と供述

大阪府警の機動捜査隊が窃盗犯の言う通り梅川昭美が銀行強盗事件の犯人であることを確認

梅川昭美、広島県出身、少年時代に広島県大竹市で殺人事件を起こしていた


05時15分 犯人の梅川 発砲


09時50分 梅川の母を香川県住民総合グラウンドからヘリコプターで連れて来る


14時58分 梅川の母のメモを聞かされた梅川、苦労人の母を嘆く




1979年1月28日


00時04分 死亡した巡査の拳銃から弾を抜き、死亡した警部補の拳銃に装填する。


00時25分 全裸にされていた行員に服を着ることを認める


02時03分 腐敗してきた遺体を行員に搬出させる


08時00分 第2機動隊の松原警部「犯人射殺、人質被害なし」を断言


08時01分 梅川、自分の衣服と人質の衣服を交換して逃走を計画


08時41分 第2機動隊の松原警部指揮の下、「特別狙撃隊」が32人で突入
        「特別狙撃隊」、バリケードを飛び越える

        26人がサポート、6人が射撃


08時42分 梅川 頭、首、上腕部に被弾、脳死状態


08時49分 救急車で梅川を搬送


09時18分 大阪市天王寺区の大阪警察病院に到着


17時43分 梅川死亡



 

 

 

 

 

 

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